コイカナ。

16年。長いのか短いのかわからないけど、生きてきた。
不幸せではないけれど、正直「このままでいいの?」って思う時がある。
このまま高校を卒業して、大学いって、就職して……。

だから妄想をしてみた。

たとえばある日突然金髪にしてみたり、校舎の屋上から思いっきり叫んでみたり……上手く言えないけど、人の記憶に残るような、鮮烈で大胆なことをしてみたい。


……私って変かな?

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「まぶしーっ」
10月の秋の空は高く澄み、鼻先をくすぐる金木犀の薫りが辺りを漂う。
私、北原 奏(キタハラ カナ)は頭上高く伸ばしかけた手を額に近付け、降り注ぐ太陽の光に目を細めた。
「こちらパンフレットです。どうぞ」
声を掛けられて視線を落とすと、見慣れない制服の女子生徒が“律嶺祭”と大きくプリントされたパンフレットを差し出していた。
どこかこそばゆい気持ちでパンフレットを受けとった私は、軽く頭を下げ、足早に目の前の門を通り抜けた。

足を踏み入れた先、律嶺高等学校は都内のど真ん中にある私立高校だ。
まず視界に飛び込んできたのは、背の高いグレーの校舎と、ガラス張りの体育館。それらに囲まれた校庭は、外周に余裕のあるテニスコート二面だけ。今日はそこに所狭しと屋台が並んでいる。端にあるコンクリートで出来たベンチが象徴するかのように、いかにも都会的で無機質な造りが印象的だった。
もうすぐ自分が通うかもしれない場所ということもあって、キョロキョロと視線を泳がせていると、鞄の中の携帯が鳴った。
「お、りっちゃんからかな」
この場でたった一人、頼れる相手からの連絡に期待して携帯を開くと、メールの受信欄には予想通り『りっちゃん』の文字。
今日のエスコート役だ。
だけど、送られてきたメールの内容に私は唇を尖らせた。

『生徒会の仕事で30分ほど遅れる。新校舎の俺のクラス(2-A)で待っていてくれ。知らない奴には付いていくなよ!!』

りっちゃんは私の一つ上の高校二年生で、この律嶺高校の生徒会副会長を務めている。
昔からなんでも人並み以上に出来て、面倒見も良いんだけど、過保護なところが玉にキズだ。
私は渋々待ち合わせに指定された教室を確認するため、校門で貰ったパンフレットに目を落とした。
「え〜と、2-A・2-A…」
「2-Aに何か御用ですか?」
話し掛けられてパンフレットから顔を上げると、私の前に現れたのは今まで会ったことのないような美少女。自分が男だったら一目惚れしているところだ。
「でも今日うちのクラスは空き教室で、出し物は向こうのたこやき屋ですよ。……あの、どうかしました?」
見開いた目を慌てて彼女が指差した方角に視線を移すと、わかり易くタコの絵がでかでかと描かれた屋台が見えた。
「あ、ありがとうございます!でも待ち合わせに指定された場所が教室で、折角声かけて貰ったのにすみません!!」
「あら、そうだったんですね。こっちこそ客引きみたいなことしてごめんなさい」 ばつの悪そうな表情にも思わずドキッとしてしまう。
軽くウェーブした栗毛に、まるでお人形さんのような肌と長いまつげで飾られた大きな瞳。それだけでも十分目を引くのに、スラリと伸びた手足も相まって、モデル顔負けの容姿に私は溜息を漏らしそうになった。
全体的に色素が薄く彫りが深いのは、ハーフかクォーターだからなのだろうか。天使のコスプレなんかしたらとんでもなく似合いそうだ。
そんなことを思っていると、たこやき屋の方から、こっちに向かって「莉緒〜っ!お客さんだよ〜!!」と、女子生徒が呼び掛けている。
どうやらこの美人さんのことのようだ。
「も〜っ。適当にあしらっておいて、って言ったのに」
それまでの上品な話し方とは違い、年相応の口調でそう呟くと、美人さんは「はーい。今行く〜!」と返事をし、数歩駆け出したところで、くるりとこちらに踵を返した。
「待ち合わせの人に会えたら、一緒に食べに来てね。ロシアンたこやきとか色々あるから!」
とびきりの笑顔を私に残し、美人さんは再びたこやき屋へと向かってパタパタと走り去って行った。
「あ。そうだ、教室教室……」
後ろ姿を目で追っている途中で目的を思い出し、私はパンフレットの地図を見ながら歩き始めた。

「ここかぁ……失礼しまーす……」
ゆっくりとドアを引くと、幸い教室には誰もいなかった。
辿り着いてから思ったけど、人がいたらさすがに中で待つのは気まずい。
私はホッと胸を撫で下ろして、入り口から教壇へと移動した。
そこから教室を見渡すと、並んだ机の雰囲気は今の学校とそんなに変わらないけど、後ろにも黒板があるのは珍しかった。
その黒板の下にある個人ロッカーの上に、辞書や教科書と混じって少年誌が数冊置かれている。
「ああいうの、没収されないんだ……」
私は後ろの時計を振り返り、待ち合わせの時間までまだ40分あるのを確認してから、教室に置かれた少年誌を借りて読もうと教壇から下りた。
身体を捻りながら机を避けて、教室後方へと向かう途中、特に間隔の狭いところで足が机にぶつかり、机からなにかが落ちてしまった。
「いっけない、何落としたんだろう…」
屈んで床を見ると、オレンジ色の音楽プレーヤーが落ちていた。
手に取って埃を払い、表と裏を確認する。
よく見ると表面には既にいくつも細かい傷があり、使い古した感があった。
だからこそ落とした拍子に壊れなかったか不安になった私は、しばらく考えてから意を決してイヤホンを片耳だけはめ、再生ボタンを押した。

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13:47。
りっちゃんが来るまであと5分くらいか。
私は後ろの黒板の空いているスペースにチョークで下手くそな動物の絵を書き出す。
絵を描きながら、自然に鼻歌を歌っていた。
「なにしてるの?」
ガラッと開いたドアの音に驚いて、飛び上がるように振り返ると、律嶺の制服を着た男子生徒が立っていた。
「あ、あの!すみません!!ここで人と待ち合わせをしていて…!」
「いや、それはいいんだけど…今歌ってたのって…」
鼻歌を聞かれていたことも相当恥ずかしいけど、彼が曲を知っていたことに私は慌てて説明をした。
「そこの席のプレーヤーの持ち主さんですか!?すみません、私の不注意で落としてしまって…!!それで、あの、壊れてないか確認しようと、再生してしまい…その、すぐ止めるつもりだったんですけど、聞き入ってしまって……」
しどろもどろ弁解の言葉を並べながら、相手の顔を窺うと、とても険しい顔をしている。 やっぱり怒ってるのかな……?
「ねぇ」
「ははい!!」
呼ばれて姿勢を正すと、なんだか神妙な面持ちで
「ステージで歌ってみる気、ない?」
そう彼は言った。
私の物語が動き出した瞬間だった。




【つづく】

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